※8月の記事まで更新しております。続きの記事は準備中ですので今しばらくお待ちください。
8月の活動
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「酷暑 お見舞い申し上げます」という ご案内をもらいました。今年の夏らしいご挨拶だと思います。
今年の目標の一つは「断捨離(捨て活)」です。先月は和服、その後、工房の片付けをしました。この夏の最後の行事「合宿」から帰った後は、「穴窯」の作品づくりに取り掛かる予定で、粘土の手配もし、お盆の帰省までに、作業し易い工房(写真1・2枚目)になりました。片付く前の写真も撮っておけばよかったです、、。作品を分類・処分をすると、次の構想が生まれてくるのが不思議です。
さて、富山の実家の庭や畑は、この暑さで背丈以上に成長した草のジャングル、皆で「植物園」と笑いながら言っていました。その広大な植物園の一角は、弟が春に植えてほったらかしのかぼちゃが、蔓を伸ばしに伸ばし、椿の木や塀の上まで覆いかぶさっていました。
お盆のお墓参りに集まった親族全員で、麦わら帽子を新調して猛暑の中の野良仕事です。刈った草の山がいくつもでき、かぼちゃは小ぶりの実40個以上の収穫でした。写真4枚目は、一同が帰った後に洗濯した軍手、半分は捨ててこんな状態です。
合宿
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8月30日~9月1日まで、天台真盛宗の総本山「西教寺」(大津市坂本)の研修道場で、奈良女子大学書道部の「夏合宿」を行ないました。合宿では、練習ではなく作品作りをします、よい準備をして合宿に臨むようにと呼び掛けました。一堂に会し、各自思い思いの作品に取り組みました。写真4枚目の奥は「おやつコーナー」、書くだけの3日間では食べることが楽しみです。
2日目には、広い境内を見学する時間を設けました。桃山御殿といわれる客殿の襖や壁には桃山時代の狩野派の絵師による障壁画が描かれていました。 重要文化財の本堂には阿弥陀如来が安置され、小堀遠州作の庭園もありました。夜は「風鈴参道通り抜け 夕涼み夏のライトアップ」が行なわれており、再び境内を散策し、幻想的な雰囲気を楽しみました。
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3日目には、各々の作品を語る「合評会」です。お互いに切磋琢磨し、学び合うことを大事に思っています。相談を受けると資料の提供はしますが、これしなさいという指導はせず、各々が書きたいものを見つけ、作品として造り出す、その底上げができるように、私も学び続けたいと思っています。合宿での作品は、11月末の学内展で発表します。
8月の茶の湯
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上の段の写真は、実家の茶室です。小間の茶室には、父が描いた涼しげな滝のような鯉のお軸を掛けました。写真3枚目は、物置に捨てられていた舟ですが、祖父が作ったものだろう、と言って飾りました。 船大工だった祖父のノミさばきは、私たち姉弟の物づくりの原点です。
下の段は、拙宅にお客様が来られた折、お抹茶を点てているところです。和菓子は夏らしい「苔衣」「琥珀糖」、共に友人の手作りです。
茅野ツアー
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お盆を実家で過ごし、8月22日、車で長野県茅野市に向かいました。最初の目的地は、「茅野市尖石縄文考古館」です。5月に「大阪市立美術館」で見た「縄文のビーナス」に会いに行きたいと思ったからです。今から5000年の昔、八ヶ岳山麓に栄えた縄文文化の多彩な考古資料が展示されていました。
国宝の土偶2体「縄文のビーナス(高さ27cm)」と「仮面の女神(高さ34cm)」は、出土の様子や同時に出土した土器と共に同じ展示室で見ることができました。縄文時代中期の豪華な装飾や立体的な把っ手で飾られた土器、注ぎ口が付けられた注口土器、吊り手(香炉型)土器(下の段の写真4・5枚目)が、特に面白いと思いました。作陶に取り入れてみようかと思いました。
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考古館に隣接した「与助尾根遺跡」には、縄文時代中期の竪穴住居6棟が復元されていました。写真1枚目はその一つです。
写真2枚目は、この近くに昨年完成した「古過庵(ふるすぎあん)」です。建築家 藤森照信氏の設計、「ちの観光まちづくり推進機構」主催のワークショップで作られたもので、一般的な竪穴住居とは異なり屋根には土が盛られていました。白樺の樹皮など地元で採取した天然素材が活用されているそうです。
写真3枚目の右の建物には、4000年前の墓穴で「仮面の女神」が発掘された様子が復元されてありました。土偶の傍には死者の顔の上に伏せたという「浅鉢型土器」もありました。その左の「8本柱 方形柱穴列」は、縄文時代後期前半の、大きな柱を立てた穴8つが発見された、その上部構造は不明ですが、様々な構造を想像できるように高さを変えて柱が立ててありました。
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考古館から車で10分ほどの蓼科高原にあるホテルに泊まり、翌朝、このホテルの徒歩圏にある「乙女の滝」に行きました。落差は15mながら断崖を流れ落ちる滝壺のない滝で、水量が多く迫力がありました。
茅野市は東京から約200km、軽井沢に次ぐ人気の別荘エリヤです。映画監督 小野安二郎が晩年に6作ものシナリオを執筆した山荘「無藝荘」も蓼科にあり、訪ねました。写真5枚目は、来客の接待に使った居間、昭和の懐かしい映画の資料や映像もありました。
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茅野ツアーの2つ目の目的は、藤森建築です。写真1枚目は「長神官 守矢資料館」、明治初期まで諏訪大社上社の神長官を務めた守屋家の文書を保管・公開する博物館で、茅野市の依頼を受け、藤森照信氏が設計した独創的な建物です。鉄筋工クリートの耐火構造、その屋根は諏訪地方の伝統の「鉄平石葺き」、外壁はサワラの割板を用いるなど、自然の素材や地元の素材で覆ってあります。この建物の道路を隔てたところに、藤森氏のご実家がありました。
この資料館の周辺にある藤森建築(お茶室)を4つ見ました。内部は通常非公開ですが、書物などで中の様子は見ており、外観だけでも実物を見たいと思いました。
写真は順に、「空飛ぶ泥船」ワイラーで吊り下げられ高さ3.5m、近くにはしごが置かれてありました。「低過庵(ひくすぎあん)」屋根の一部が入り口、その向こうが「高過庵(たかすぎあん)」高さ6m、地元の栗の木2本で支えられています。これらと少し離れたところに「五庵」がありました。2021年のオリンピック開催の一環として新国立競技場の向かいに建てられた茶室を、翌年こちらに再建築されたものです。
宇奈月
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帰省中、遠方から来客があると案内する所は、発電所美術館、杉沢のサワスギ、風力発電の風車が回る海岸や湧き水、そして家から車で25分の「宇奈月温泉」です。
「奈月渓谷鉄道駅」から「トロッコ電車」に乗り、「猫又」までの往復の景観を楽しみました。写真1枚目は、トロッコ電車の正面についていたプレートです。写真3枚目は「猫又」駅にあった看板、猫にはしっぽが2つあります。写真4枚目は、「トロッコ電車」起点近くの人道橋「旧山彦橋」を、車中から撮ったものです。
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「トロッコ電車」を下りた後、「やまびこ遊歩道」(写真1枚目)を歩きました。手前の橋が車中から見た「旧山彦橋」です。その後に見える橋がトロッコ電車が走る「新山彦橋」で、この2つの赤いアーチ橋が、渓谷美をバックに美しい景観を作っていました。「旧山彦橋」は、黒部川の激流に橋が流されないように工夫を凝らした国内最古の鋼製で、橋長は約93m、川を挟むアーチ間の距離は約69m。アーチ部と橋桁の間(スパンドレル)の筋交い(ブレース)を斜めに配して補強させた「スパンドレル・ブレースト・アーチ橋」で、アーチ部と橋桁の間の鋼材が三角形に重なって見える「トラス構造」だそうです。
「旧山彦橋」から(写真2枚目)、「新山彦橋」をトロッコ電車が通るのを待って、写真と動画を撮りました。
ヒスイ海岸
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実家(富山県入善町)から東へ車で20分、富山県の東北端(朝日町)の日本海の海辺は、子供の頃よく海水浴に行った所です。小石ばかりの海岸で、きれいなヒスイのような石を集めて遊んだものです。この頃は、「ヒスイ海岸」と言われています。8月13日、子供と孫を連れて行きました。
国内で初めて古墳時代の勾玉工房跡「浜山玉つくり遺跡」が朝日町で発見され、発掘調査団が名付けたそうで、日本の海岸で、ヒスイの原石が海岸に打ち上げられるのは、ここから糸魚川市につながる海岸に限られれているとのことです。写真4枚目は、観光案内「ヒスイさがし」のおじさんが拾って付けていた「ヒスイ」です。写真5枚目は名物の「タラ汁」、子供の頃にも海水浴の後にいただいたものです。
7月の活動
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写真1枚目は、町内の自治会に頼まれて書いた看板です。桜の季節に、町内にある民泊に宿泊の外国人観光客の方が枝を折ったり、曲げて撮影しておられることがあったからだそうです。
写真2枚目は、7月4日の水墨画講座で描いた百合です。先生のようにはいきませんが、百合には思い入れがあり、今後の上達を願って、記録に残しておきます。
猛暑が続いています。奈良には氷室神社があるからでしょうか、オリジナリティーにあふれたかき氷に行列ができ、「奈良かき氷ガイド」も発行されています。ケーキのようなかき氷(写真3枚目)です、中にはフワフワの氷、この時期ケーキより美味しいと思いました。
3館の美術館で「国宝展」を見ていたので、話題になっている映画「国宝」が歌舞伎が題材になっているとは、はじめ気付きませんでしたが、久しぶりに見応えのある映画でした。30年ほど前に見た「覇王別姫」(レスリーチャン主演の中国台湾香港の合作映画)の日本版のように思いました。こちらは京劇です。再上映を探して見ました!どちらも上映時間は3時間、名作だと思います。
燕のねぐら入り
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毎年7月の末になると、平城宮跡の夏の風物詩「燕のねぐら入り」が見頃となります。燕は民家の軒下などに巣を作り子育てをしますが、子供が成長すると、日没後、ヨシが茂る湿地などの「ねぐら」に集まり、夜を過ごす習性があるそうです。平城宮跡には自然が残っているのですね、飛来する燕たちは野鳥の会の資料では6万羽、日本最大級とありました。
今年も子供や孫と一緒に見物に行きました。西の空が夕焼けになり、間もなく日暮れと共にあたりが薄暗くなると、燕が飛来、段々と大群となり鳴き声にも勢いが増し、大自然のドラマが繰り広げられました。大極殿を入れて撮影するのは(写真2枚目)難しく、友人の上等のカメラで撮ったものです。
桐塑(とうそ)
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京都市立芸大学美術教育研究会の京都支部夏季実技研修会「桐塑に挑戦」にお誘いいただき、7月27日、京都駅から徒歩10分弱の京都市立芸術大学に行きました。講師の先生は、350年の伝統を持つ京人形司で美術家の岡本祥吾氏でした。初めに京人形の説明、桐塑の作り方をスライドで見て、実技になりました。
桐塑とは、京人形などに使われる伝統的な素材で、桐材の粉(写真1枚目は篩にかけているところ)を、糊(写真2~4枚目は姫糊を作っているところ)で練り、造形するものでした。とても軽く、子供が抱く人形にも向いており、アクセサリーにも応用できるようでした。参加者の方々は芸大卒業の方ばかりで、桐塑の読み方も知らない私は、はじめ戸惑いましたが、物づくりの楽しさ、目新しい素材に興味津々で途中からは夢中になっていました。一部しか完成できず、持ち帰って成形、乾燥中です。
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学内の一角に、石膏像が設置されていました。スペインのバルセロナにある教会「サグラダ・ファミリア」の一部、歌う天使9体と音楽を奏でる天使6体の石造の原型です。彫刻科を卒業後、バルセロナに渡り、主任彫刻家となった外尾悦郎さんが制作されたものです。
「天平会」文化講演会
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仏教美術研修団体「天平会」を存じ上げなかったのですが、昭和18年にスタートし創立82年を迎えられるそうで、毎月の例会は、なんと900回目とのことでした。仏像好きな友人に誘われて、7月20日、大阪市立美術館での「900回記念文化講演会」に参加しました。映像を交えた3つの講演を聴き、学生に戻ったような時間でした。
この企画では、美術館の常設展(アジアの彫刻・中国の金属工芸)を自由に観覧(撮影可)することができました。写真2枚目は、光背に7体の如来をおい獅子2頭の台座に座る堂々とした「石造 如来坐像」です。光背の裏面(写真3枚目)に銘文が刻されてありました。
興味深く見たのは青銅鍍金銀「羽人」(うじん、写真4枚目)です。この解説(履歴書)も面白いと思いました。また、写真5枚目の「石造 如来三尊像」の解説には、すごいなで肩ですね、とあり、学芸員さんの視点で楽しく鑑賞することができました。
書道部
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奈良女子大学書道部は、2008年から毎年社会的な活動として「大仏書道大会」に協力してきましたが、他にも毎年、外部からの協力依頼を受けます。その一つが、2年に一度行われる「法話グランプリ」のオープニンブで書道パフォーマンス「釈迦如来」と揮毫するものです。前回に続き2回目です。写真1枚目は、その打ち合わせ、右から二人目の僧侶がこの度の実行委員長さん(生駒市にある長弓寺副住職)です。その右隣が生駒市の書家 今柄紫峯先生です。地元生駒市高山特産「茶筅」の商品にならなかったものを筆代わりに用いた書を書かれます。
別の日に、今柄先生を講師にお招きし、茶筅MOJI書を習いました。法話グランプリでも応用することになりました。写真4枚目は、夏合宿に向けたミーティングをしているところです。
合宿場の下見
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書道部の夏合宿の会場は、比叡山坂本にある「西教寺」にある研修道場になりました。初めて利用する所なので、7月13日、合宿係と会場の下見に行きました。
写真1枚目は「総門」です。写真2枚目は宗祖太師殿の「唐門」、ここから琵琶湖を見下ろすことができました。写真4枚目は納涼「風鈴参道通り抜け」の風鈴、その向こうが「本堂」です。この辺りから、大本坊・客殿・書院の建物を眺めました。広い敷地の西側に、研修道場がありました。思ったより近代的な設備で、130畳の広間があります。2泊7食付きで宿泊しますが、何もかも値上がりの昨今でユースホステル並みの料金です。「西」と篆書体でデザインされている軒丸瓦を見付けました。
7月の茶の湯
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7月のお茶の教室の床には、官休庵お家元のお軸「飛流直下三千尺」が飾られていました。後半の五文字は滝のです。意味は、この後「疑是銀河落九天」と続いて「三千尺もあろうかと思われる飛ぶような流れは、ちょうど天の川が天空から落ちてくるかのようである」という壮大なスケールの滝の迫力を表現したもの、この季節に涼を呼ぶ語句です。また、七夕には欠かせない「梶の葉」が生けられていました。先生のお庭にある梶の木の小ぶりの葉です。お稽古の帰りにいただきました。
また別の日は、ガラスの花器でした。抹茶茶碗もガラスのものが用いられ、夏らしい取り合わせです。友人手作りの和菓子も口当たりのよい水ようかんです。
金継ぎ
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写真1・2枚目は、繊細な京薩摩の作品で有名な陶芸家 空女さんの盃です。日常雑器などは繕うよりも新しく買った方が安くつくのでないかと思うものもありますが、これは一点物の貴重な作品、緊張しながら細い線で金継ぎができるようにと取り組みました。よい訓練になったと思いました。
他にも途中のものが、金継ぎ仲間のものも含め、工房にたくさん置いてあります。仲間がいて一緒に作業ができています。
6月の活動
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6月は中旬に帰省し、奈良に居る間は和服を着てお茶のお稽古と、奈良公園を歩いて東大寺勧学院の水墨画講座に通い、楽焼きの茶碗と蓋置を作り、比較的のんびり過ごしました。
写真1枚目は、お茶のお稽古(奈良市水門町)に行く途中、車の前を横切る鹿の親子です。小鹿は生まれたばかりでしょうか、親鹿の後をついて行きました。2枚目は、その帰りです。大仏殿が夕日に輝いて、奈良で暮らせる平穏な日々に感謝したものです。
写真3枚目は、「奈良春日野国際フォーラム」の日本庭園です。29日、「能楽ホール」で金春流の演能会がありました。暑い日でしたが、誘ってくれた友人と若草山を借景とする庭園をゆっくり散策しながらおしゃべりする時間もありました。
楽焼き
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6月8日、信楽にある滋賀県陶芸の森の講座「楽焼き」に、お友達3人と受講しました。講師は、地元信楽焼の陶芸家 奥田英山先生です。東大寺長老清水公照師と交流のあった裏千家のお茶人でもあり、茶陶を制作されています。手び練りでの成形、親切なご指導でした。
22日、私の工房で3人で作陶会をしました。4枚目の写真は、晴れ間を見て縁側で乾燥中のこの日の3人の作品です。それぞれが3点のお茶碗を作り、私は蓋置(右の3点)も作りました。
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22日の焼成の様子です。午前中は黒楽の施釉をして乾燥(写真1枚目)をしている間に、赤楽・白楽の焼成(写真2・3枚目)、午後から黒楽の焼成でした。写真4・5枚目は、私のお茶碗と蓋置の窯から出して間のない時の様子です。しばらくすると真っ黒い釉状に変わります。
水墨画講座
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今年の4月から「70の手習い」で始めた勧学院の講座「水墨画」は、休むこともありながらなんとか続いています。写真1枚目は、勧学院のある東大寺塔頭「真言院」、サツキが美しく咲いていました。
先月は四君子の続き「梅」「菊」そして「松」、今月は「雑木」「竹」の初心者向きの基本練習をしました。長く続けておられる受講生の方々は、山、滝、樹木のある複雑な水墨画の模写をされています。季節がらアジサイや蛙も登場です。
6月の茶の湯
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上の写真は、富山の実家に帰った時に、墨翔展の作品を茶室に掛けて撮ったものです。小間の茶室には「ねずみ志野」の俳句、広間には「竜虎」の対聯です。九谷焼きの花器には、庭の「アジサイ」「半夏生」を摘んで生けました。梅雨の季節に合わせて、香合は「傘」、脇床の色紙は合羽の音通の「河童」にしました。
下の段の1枚目のお軸は、「蛍袋」です。アジサイと並んで6月を代表する草花、蛍の季節になりました。お茶のお稽古の時に飾られていたものです。梅雨に因んで、雨傘の柄のある帯を締めてお稽古に行きました。自宅では、友人手作りの「水ようかん」をいただきました。初夏に相応しいひんやりとした食感の和菓子です。
金継ぎ
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写真1~4枚目の3点は、最近仕上げた金継ぎの一部です。依頼されたもので、自分の作品や日常使う食器の修復よりもきれいにできるような気がします。慎重になるのがいいのだと思います。割れたまま、欠けたままのもの、さび漆や中塗りなど、やりかけのものがたくさんあり、金継ぎ仲間と共におしゃべりしながら作業を楽しんでいます。
竹生島・長浜
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先月の「墨翔展」で、お能『竹生島』の謡曲(波兎)を題材にした書作を発表しました。醍醐天皇の時代の物語で、湖岸から竹生島明神に参拝した時の情景を美しく謡ったものです。舟が島に到着すると、案内した翁は竜神に、海女は弁財天に変わります。「竹生島」に行くしかありません。
6月9日、富山の実家に行く途中、琵琶湖北部長浜から「竹生島」に向かいました。「深緑竹生島の沈影」として琵琶湖八景の一つです。湖岸から約6km沖合い、フェリーで35分でした。
竹生島の島民はなく、「都久夫須麻神社」「宝厳寺」が鎮座しています。写真2枚目は、「宝厳寺」本堂です。ご本尊は秘仏(60年に一回開帳)の大弁財天、日本三弁財天の一つで琵琶を抱えておられます。この本堂入り口両脇に建つ灯篭に、見付けました!(写真3枚目)波兎の意匠です。
写真4枚目は唐門(国宝)、写真5・6枚目は舟廊下です。三重塔、石造の五重塔、宝物殿などが急な坂の島内にかたまってあり、島全体が独特の宗教空間でした。
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長浜は何度か訪れており、翌日は北國街道のまだ行っていないところを検索して「成田美術館」(長浜市朝日町)を訪ねました。古い町並みの一角に建つ瀟洒な美術館で、20世紀初頭のアールデコスタイルのガラス工芸作家 ルネ・ラリックの作品を収蔵展示されていました。陶作品にも応用できる造形だと思って、興味深く鑑賞しました。写真4枚目は、休憩室からの眺めです。写真5枚目は、街道に残る「馬通り」の石組の遺構です。
ならまち
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「ならまち」を歩くと民家や商家の軒下には、庚申信仰の象徴 真っ赤な「身代わり猿」がたくさんぶら下がっています。写真1枚目は、信仰の拠点「庚申堂」の屋根の申(さる)です。
遠方からの来客と歴史的な町並みの「ならまち」を散策した時など、よく立ち寄るのが奈良市の観光施設「奈良町にぎわいの家」(奈良市中新屋町)です。大正時代に建てられたモダンな町屋(写真2~5枚目)です。元美術商の建物だったこともあり、こだわりが詰まった空間で、茶室もある主屋、離れ、江戸時代からの頃土蔵などが国の登録有形文化財です。かまど体験、アート展示、コンサートや茶会などにも利用されています。
奈良国立博物館
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6月6日、「奈良国立博物館」の特別展「超国宝 祈りのかがやき」の後期の展示を鑑賞しました。目を見張る仏像彫刻や鮮やかな写経の数々、中でも法隆寺の百済観音や広隆寺の半跏思惟像は、お寺で拝するよりも間近に、ぐるりと回って細部まで観察しながら拝むことができました。
会場の写真はないので、博物館の庭園にある茶室「八窓庵」(写真2枚目)を撮りました。博物館周辺では観光客と鹿たちがのどかに戯れていました。
「京都国立博物館」・「大阪市立美術館」「奈良国立博物館」3館の特別展は、「大阪万博」と共に、この時期の関西の大きなイベントです。一つ一つ収蔵されているお寺や美術館を訪ねると、大旅行何日分にもなります。夢のような有意義な企画だと思いました。
5月の活動
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墨翔展の会期中は、会場近くに2泊して家事もせず、ご来場くださる多くの方々(常連さん、久しぶりの方、一年でこの時しかお会いしない方などもあり)やメンバーと、楽しい交流の3日間を過ごしました。終わってから、刻字作品「ギャラリー狐陵」の制作をして、充実した日々の5月となりました。
写真1枚目は野イチゴ、今年は昨年よりも遅く実ったようです。食べたり飾ったりしました。庭の梅の実は、豊作でした。お友達に分け、梅シロップや梅酒にしました。
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写真1枚目は、連休明けに行なわれた奈良女子大学書道部の歓迎コンパの様子です。お名前を半紙に書いて、自己紹介をするのが恒例です。今年は10名以上の新入部員がありました。
写真2枚目は、信楽にある「みはる陶秀窯」です。5月18日、窯の修理に集まりました。今年は10月30日~11月3日まで、第2回目の窯焚きをすることになりました。この窯のある神﨑先生の広い敷地内には、今は使われたいない登り窯(みはる窯)があり、写真3枚目は、かつて火鉢を大量に焼成していた時に使われていた「ツク」です。その当時のお話を聞いていたところ、今はもう不要、たくさんあるから来た時に持って行きなさい、と言ってくださったので、先ずは2つ!庭に飾りました。
ギャラリー狐陵
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大阪府立八尾高等学校同窓生の知人から依頼があり、「ギャラリー狐陵」という看板の制作をしました。八尾高校は創立130周年を迎えられるそうです。これまで学校に収蔵されている美術品なども多く、その展示室の看板のようでした。墨翔展が終わってから、直ぐに取り掛かりました。
板は、高級素材のマホガニーをいただきました。文字は、長い伝統に相応しい堂々とした書風で書きたいと思いました。その籠字を写し取り、下の段の写真は、鑿で菱彫りをしたところです。
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刻した後は、「拭き漆」をしました。上の写真です。板の下に敷いた新聞紙は湿らせています。幸い、雨の日が多く、漆が乾きやすい状態だったので、一日おきに3回の「拭き漆」を施し、思ったより早く文字の余白部分を仕上げることができました。文字には、胡粉を何度か塗りました。右下に小さく「SA」のサイン(印)を赤漆で入れて、完成です!
島ヶ原「さとぶら」
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友人のフルート奏者 日向恵子さんのお宅は、伊賀市島ケ原にある旧本陣(岩佐家)です。彼女が中心となって、地元に元気な風を吹かそう、と住民有志で「さとぶら」が企画されました。その一つが、旧本陣の土間スペースで開催されたコンサート~フルートとハーブの調べ~(写真1枚目)です。
写真2枚目は、旧本陣入り口の門、ここから入ったお座敷では「三重・滋賀・京都の煎茶3種飲み比べ」と題して、色々な茶葉や飲み方でお茶をいただくことができました。また、近くの画家とパタンナーさんご夫妻のアトリエ訪問もしました。
5月の茶の湯
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お茶室のお軸は、須田剋太の蛙でした。「立夏」の初候(第十九候、5月5日~9日頃)は「蛙始鳴(かわず はじめてなく)」 ですね。ミニサイズのカキツバタは、緑釉の蓮弁の容器に生けられてありました。冬季の「炉」から替わって、5月は「風炉」の季節です。5月19日は唐招提寺のうちわまき法会、今年のハート形の宝扇も飾られていました。
写真5枚目は、写真家の方の鳥の写真と物々交換した私の猫掻手の「赤楽茶碗」です。毎朝、このようにお抹茶をいただいています、と嬉しいお便りが届きました。
大阪市立美術館
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大阪市立美術館の大阪・関西万博開催記念 美術館リニューアル記念の大規模な特別展「日本国宝展」が開催されています。130件もの国宝が展示替えを含めて展観されるとあって大好評、5月21日(三期の展示)、楽しみに出かけました。どれも感動する名品揃いでした。中でも、360度間近に拝した鑑真和上座像、縄文時代中期の火焔型土器と土偶 縄文のビーナス(写真2枚目はガチャガチャで購入300円)が印象に残りました。
「通天閣」まで「これがコテコテの大阪やで」といった賑やかな商店街を歩き、初めてタワーに登りました。写真3・4枚目は展望台からの見た美術館です。夕食は、ソースの二度付けはあかんで!が常識の名物の「串カツ」を初めて食べました。
池田丈一展
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ギャラリー勇斎(奈良市西寺林町)で、彫刻家 池田丈一先生の個展が開催されていたので伺いました。先生は気さくなお人柄で、伊賀市矢持で開催されていた「風と土のふれあい芸術祭」の出品作家としてお会いしてから、作品を通したお付き合いが続いている作家さんの一人です。使われている様々な木の素材が暖かく、テーマは「人生を考えたひらがな造形」だそうです。
写真3~5枚目は、ギャラリーまで歩いた途中の猿沢池からの景色です。順に、「南円堂」、2018年に再建落慶を迎え復元された「中金堂」、「五重塔」は大規模修理工事のため素屋根に覆われています。
井田家のサロンコンサート
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写真1枚目は、お茶のお稽古でご一緒する井田さんご夫妻のお住まいです。主屋は「法蓮造(ほうれんづくり)」の建造物として登録有形文化財に指定されています。外観は町屋風の特徴を持ち、正面には「法蓮格子」と呼ばれる丸太の格子が設けられ、サロンとなっているスペースには「煙返しの大梁」が架かっています。
この大きな梁のある土間スペース(写真2枚目)の周りのお部屋が客席となり、5月11日(日)、チェロのコンサートが行なわれました。お客様20名余りの贅沢な空間です。私はチェロリストの左手の動きを間近に見ながら、その音色を楽しみました。季節がらお宅に伝わった鎧やお軸、お花も飾られており、中庭の渡り廊下の先が生活スペースですが、主屋では定期的に文化イベントを企画されています。
春日大社献茶祭
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「春日大社献茶祭」は、毎年5月10日、春日大社舞殿において三千家のお家元が3年交代の輪番で執り行なわれます。今年は武者小路千家の担当、隨縁斎宗屋若宗匠が献茶奉仕されました。献炭につづき濃茶とお薄を点て、御祭神に献じられました。写真2枚目は、その後の神楽の舞です。
神事の後、拝服席は貴賓館にて官休庵、副席は感謝共生の館にて(写真3~5枚目、主:小林徹信先生)と桂昌殿の奥の間にて(写真6枚目、主:相川宗範先生)のお茶席に招かれました。また、点心席(景雲殿)も設けられており、国宝殿の拝観もできました。
写真4枚目のお軸「三笠山図」は、春日大社宮司や貴族院議員をつとめられた男爵の三谷川紫山(みながわ忠麿)・官休庵12代 愈好斎・官休庵13代 有隣斎の合作です。高尚な交流の様子が伺える作です。この他、伝承された貴重なお道具の数々にもてなされ、主や半東と主客の問答も有意義で、境内の新緑と共に豊かな気持ちになった一日でした。
第40回「 墨翔展」
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書のグループ「墨翔展」を開催しました。今回が40回展となり、5冊目の「作品集」もできました。私は32回展から参加しています。会期は5月3日(土・祝)~5日(月・祝)、会場は 「八尾市文化会館プリズムホール」(近鉄大阪線「近鉄八尾」駅から200m)の3階にある展示室です。
「墨翔」のメンバーのうち、今年は13名が参加、1人約8mの壁面です。それぞれが師匠を持たず、独創的な自分の世界を展開しています。一度見ていただいた方の多くが、一般的な書展と違って楽しめる!と言ってくださいます。毎回、グループ展ならではの多くの方々にご高覧いただき、嬉しく思っています。
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私の今年の展示テーマは「十二支の動物たち 前篇」です。壁面は、書作6点とスイハツに掛け花2点で構成しました。左から「竜虎」の対聯( 写真1枚目)、「龍吟ずれば雲起こり、虎嘯けば風生ず」です。その右の壁面は順に、甲骨文字の「竜虎」、ボタンで表現した「巳」、淡墨の作品「牛歩、千里を走る虎よりも一里を登る牛になれ」、自詠の俳句「ねずみ志野 日暮るる花野かな」、謡曲『竹生島』より「樹陰 影沈んで 魚 木に登る気色あり、月 海上に浮かんでは兎も波を奔るか」です。 ※プロフィール・挨拶文 ※壁面の作品
2段目の写真は、折帖「十二支陶磁印蛻」の前篇です。十二支に因んだ陶作品も並べました。次回以降に続きを制作し、十二支が揃うようにしたいと思っています。
3段目の写真は、合評会の時の様子と、自作の掛け花入れです。搬入当日の朝、庭の草花を摘んで生けました。
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写真1・2枚目は濱上哲さん、写真3枚目は中西玄匡さん、写真4・5枚目は早崎蘇石さんの作品の一部です。「墨翔」発足当時の先輩方は、3人だけになりました。大好きな書を続けられるように、と集まられたと聞いています。教職の傍ら自由な立場での独創的な書が並び、私は子育ての時期もときどき会場に足を運んでいたものです。10年前に一緒に!と声をかけたいただいた時の嬉しかったこと、忘れられません。変わらず優しい言葉を掛けていただいています。
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同年代の仲間の作品です。1・2枚目は金沢から参加の倉下真澄さんの作品の一部。書はもちろん、絵が得意なのがうらやましい限りです。筆の表現は限りなく楽しいね~と納得し合える旧友です。
3枚目は、物理学が専門で東ティモールの独立時からその社会的な活動をされている文珠幹夫さん。私は書家ではありませんという立場の作品なので、説明を聞いているところです。
4枚目は、布に謹写された志民和儀さんの「妙法蓮華経」です。ご家族を亡くされており、大作の写経です。
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「墨翔」はお若い仲間も自由に参加されています。東京勤務の関口空さん(写真1枚目)、大阪大学大学院で文字学研究中の中井希さんの仮名作品(写真2枚目)、子育てしながら書道を教えている河野佑美さんの作品(写真3枚目)北浦紗矢香さんの作品(写真4枚目)や、理科の教師 岡原正直さんの作品(写真5枚目)など、写真はごく一部です。
このような仲間に恵まれ、多くのご来場者の皆さんにも励ましていただき、幸せなことです。来年の「墨翔展」に向けて日々を過ごしたいと思います。
4月の活動
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花の季節となりました。写真1枚目は奈良公園の藤、2枚目は東大寺勧学院の桜、3枚目は吉城園で撮ったものです。東大寺界隈は外国人観光客が大勢訪れています。
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来月開催の書のグループ「墨翔展」は、私の最も大きな行事です。4月は、制作の追い込みでした。
書作5点は、裂の色や形式を吉川春陽堂さんと相談し、軸装3点、額装2点となりました。その他に、「巳」の工芸的な作品の制作をしました。机上展示として、折帖「十二支の動物印蛻」とこれらの動物に因んだ陶作品を展示する予定です。
写真1枚目は3mほどの折帖、「鼠~蛇」の6ぴきの動物を、絵のような甲骨文字・金文で順に書いたものです。ここに、陶陶印(写真2・3枚目は一部)を押しました。
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蛇が苦手な私は、この動物の作品に悩みました。自作のボタンで表現することにしました。「巳」の篆書体は蛇のような造形をしており、先ず筆で書き、その筆跡に沿ってボタンを並べました。ボタンは電気窯や穴窯で焼成したもの、陶土や磁土、上絵のあるものなど、私がこれまでの制作の折々に作っていたものを活用、ここに新たに数点、織部釉をかけて焼成したものを加えます。
布は幅50cm×90cmあり、友人の染織家 吉川千賀子さんがこの作品のために麻糸で織ってくださったものです。お軸用の足摺(あしずり、上部のカン)は、表具屋さんが付けてくださいました。サインは、窯印と同じ「SA」をチェーンステッチで入れました。
京都国立博物館
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4月29日、京都国立博物館の特別展「日本、美のるつぼ」を見に行きました。写真2枚目は、会場(新館)入り口から望む表門(西門)と京都タワーです。万博記念展のため名品が揃っており、所々行列ができていました。
旧本館(明治古都館)の中の見学もでき(写真3枚目)、その裏手にある茶室「堪庵」も公開していました。また、入場口の南門左に展開する庭園には石造物や灯篭などがあり、ゆっくり散策しました。町中の人混みを避け、博物館内に長時間滞在しました。
4月の茶の湯
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4月、炉の終わりの時期になると、風情のある「吊り釜」と「旅箪笥」が定番です。床には、季節を先取りして「武者人形」が飾られていました。
お友達が集まった時の和菓子は、関西風の「桜餅」と、「ヨモギ餅」です。どちらも友人の手作りです。茶の湯のお席でも和菓子にも、季節を感じることができます。
アクセサリー
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金継ぎを一緒にしている木曽谷麻美さんは彫金の作品を手掛けています。私が穴窯や電気窯で焼成した小さなパーツを使って、アクセサリーを作ってくださいました。毛糸や金属などの異素材とよく馴染んで、素敵な作品になりました。うまく生かしてくださって、とても嬉しいことでした。
May展
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奈良女書道部は、4月22日(火)~5月26日(月)まで、「旧鍋屋交番きたまち案内所」で「May展」を開催開催しています。四畳半ほどの空間には趣のある窓があり、その空間を生かした展示を心がけています。共同作品はテーマ(左から、お軸は個人的ニュース・目標・四神、右に鯉のぼり、毛氈の上には元暦校本万葉集)を設けて制作しました。童謡かるたや色紙の創作作品も並びました。
勧学院「水墨画講座」
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東大寺南大門から大仏殿に向かって少し行くと左にある「勧学院」では、様々な講座が開講されています。書作の傍らに墨で絵が描けたらいいな、と思って「水墨画を楽しむ」という講座に、4月11日~(毎週金曜午後)通い始めました。最初は基本からで「四君子(蘭・竹・梅・菊)」を一回ずつ、今月は「蘭」と「竹」を練習しました。築400年の厳かな堂内です。
書とは、墨の付け方や筆の持ち方が違うので、なかなか馴染めません。違うからこそ学ぶのだと思い直して、慣れないことに没頭する時間を持つことにしました。
高山竹林園
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生駒市の北部にある高山町は、500年の歴史を有する茶筅の里です。「高山竹林園」は市営の公園で、茶筅や竹製品を紹介する資料館、茶室「竹生庵」があると聞いていたので訪ねました。茶筅づくりは近代まで一子相伝の技術とされ、近隣にはいくつか工房もありました。母の使う裏千家の茶筅と、武者小路千家の茶筅の造りが違うことはわかっていましたが、様々な流派の茶筅が並んでおり、興味深く拝見しました。園内には、日本庭園や多数の品種が見られる竹の生態園などもありました。
楽焼き
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4月6日(日)は、滋賀県陶芸の森の「楽焼き講座」の焼成でした。黒楽の釉薬の付け方が難しく、 何度挑戦しても納得がいきません。赤楽や白楽は、籾殻の入った缶で燻すと(写真4枚目)、面白い景色が出ると思います。
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写真1枚目は、焼成前の赤楽の作品3点です。2・3枚目は、焼成後のものです。2枚目は「猫掻き手」、鼠の「留守模様」として制作、銘は「トムとジェリー」にしました。右は、新年の子の日に行なわれる「小松引き」のおめでたい図柄を真似て描いてみたものです。
奈良女書道部 始動
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新年度の書道部の活動は、4月2日~4日の「日帰り合宿」から始まりました。奈良女子大学の学内にある合宿所で、月末から開催する「May展」や新入部員勧誘に向けた準備を行ないました。「May展」の作品は共同作品中心の展示のため、各学年が話し合い仲良く制作していました。
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4月9日の「新歓祭」の様子です。写真1枚目は「部活説明会」会場、書道部も1ブースで対応しました。写真2枚目は書道部の紹介展示です。講堂のステージでは、入学をお祝して「書道パフォーマンス」を披露しました。学内の桜は満開でした。
3月の活動
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駐車場の紅梅と白梅、庭の椿です。今年は寒さが厳しく、梅の開花が例年よりも遅いように思いましたが、着実に季節は巡り、春の到来です。月末に今年4回目の帰省をしましたが、日陰には山のような雪が残っていました。あれは何?と思うような塊です。そうそう今年は大雪だった、大船渡市や今治市などの森林火災に運べたらいいのに、と思いました。
4月中旬には書の作品を表具屋さんに持って行かなければならないので、書作に余念のない日々を過ごしていました。
「墨翔展」に向けて
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書のグループ展の今年の私のテーマは「十二支の動物たちー前篇ー 」となりました。6ぴきの動物にまつわる資料を図書館で調べたりしながら制作中です。「鼠」はねずみ志野の自詠の句、「牛」は牛歩、「兎」は波兎を題材にした謡曲、「龍・虎」の対聯、ボタンで表現した「蛇」などの書作中心の展示となりそうです。
また、これらの動物の陶磁印と陶作品も発表する予定です。写真1枚目は、蛇の鱗をモチーフにした三角の図象の香合です。写真2枚目はボタン、3枚目は施釉して本焼き前の電気窯の様子です。
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3月29日(土)、大阪府立市岡高校の書道室で「墨翔の集会」がありました。私も何枚かまだ書きます、という草稿を持参しました。大先輩や若い方々の作品を見ているだけで刺激になり、筆を持ち表現することの喜びが湧いてきます。よい仲間に恵まれて幸せ、一緒に並べてもらえるような作品にしたい、という想いを自らのプレッシャーにしています。
3月の茶の湯
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奈良の3月は、古都に春を告げる東大寺のお水取りで始まります。お茶室のお床には、上司海雲師の「華厳」のお軸、その両脇には、清水公照師の椿の絵も描かれた板の対聯が飾られていました。写真3枚目は狭川普門師の「華厳」、通常より大きな絵馬です。お三方とも、小西先生と親交のあった東大寺長老です。
4枚目は誕生仏、4月8日の「灌仏会(花まつり)」に先駆けて飾られていました。小西先生の奥様が、庭に咲いた椿で美しくアレンジされていました。
金継ぎ
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最近の金継ぎ・漆繕いの作品の一部です。毎月木曜日に月2・3回、金継ぎ仲間5人と共に私の工房で作業をして、もう5年になるでしょうか。弁当持ちで、手作りの和菓子やお料理も持ち寄り、食べながらおしゃべりにも花の咲く楽しい会です。集まっていただいているおかげで、前日には工房とお庭のお掃除にも気合が入り、細かい作業も苦にならず少しずつ修復ができています。
東大寺修二会
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3月1日〜14日は、東大寺修二会の本業です。今年は3回、参拝・聴聞をしました。写真は、4日、二月堂にお松明が登る階段の下から撮ったものです。写真1枚目は参籠所の出入り口、この前で、お松明に火が付けられます。
19時なると暗くなり、辺りの照明も消されます。写真2枚目はお松明に点火されたところです。童子が僧侶の足元を照らすお松明(長さ6m、重さ60kg)を持ち、ゆっくりと二月堂本堂に向かいます。その後について上られる僧侶に、手を合わせました。
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12日は、夜中に「お水取り」が行われ、特別に大きな「籠松明(写真1枚目、長さ8m、重さ80kg)」が上がる日です。友人4名と共に、二月堂舞台下の柵が開けられる14時過ぎから並んで、5時間くらい待機しました。
この日まだ明るいうちのこと、「韃靼(だったん)」のお松明が運ばれるの(写真2・3枚目)を間近に見ました。12日~の3日間、除災招福を願い火天(火天)役の僧侶が堂内で振り回すお松明で、修二会のクライマックスを演出するものです。
19時半〜、いよいよ「籠松明」11本が上りました!夜空を焦がす荘厳な炎に、境内に詰め掛けた多くの参拝客からどよめきの歓声が上がりました。
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写真1枚目は、日暮れ前の二月堂です。14日の最終日は、次々と二月堂舞台にお松明が並ぶ「尻つけ松明」の日です。童子のリーダーの掛け声で10本のお松明が一斉に振り回される特別な演出で(写真3枚目)、迫力のある光景でした。
全龍寺
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黒部市宇奈月町にある曹洞宗五雲山「全龍寺」は、1552年開創と伝わる禅寺です。開山堂の「三十六歌仙」の天井絵(写真3枚目)は、作者不明ですが1700年代の作だそうです。母の姉が昨年100歳で亡くなり、3月1日、ここで一周忌の法要が行なわれました。母の生家入江家は、このお寺の近く(入善町舟見)にありました。
親族が集まり、法要の後はお食事をしながら、個人を偲び思い出話が尽きませんでした。写真5枚目は、土人形(郷土玩具)のお雛様です。入江家の長女である叔母が誕生した100年前の2月の最初の土曜日のこと、その日は大雪だったそうですが、まだ若い父親(私の祖父)は、仕事帰りに富山市内のお店で買ってきたものだとか。早世した祖父のことも話題になりました。
2月の活動
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写真1枚目は、早春の恒例の設え「二月堂椿」、生の椿の先に造花を挿しています。写真2枚目は、24日にリビングから撮ったもの、奈良にも積雪がありました。
写真3枚目は、京都「南座」です。着付けを教えてくださった方と一緒だったので、和服で行きました。観劇や美術館に自分で和服を着て出かけたいと思っていたことがようやく実現しました。2月は、友人のピアノのコンサート(秋篠音楽堂)、天神市(北野天満宮)、2回のお茶のお稽古と、場面に相応しい着物と帯や小物を取り合わせて、5回も和服を着ました。
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母の姉の一周忌法要に母を連れて行くため、27日から2月2度目の帰省でした。田んぼや空地には雪が残っていましたが、玄関先の雪は溶けていました。
20日足らずしか奈良に居ませんでしたが、在宅日は「墨翔展」の作品制作をしていました。刊行される『作品集No.5』のゲラ(試し刷り)が、コメントや作品名が英語訳も付いてデータで届きました。
北野天満宮の天神市
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「天神市」は、 菅原道真の御誕生日も御命日も25日に由来して毎月25日、「北野天満宮」で行なわれています。東寺の「弘法市」と並ぶ京都の二大縁日で、骨董品や古道具古着などの出店が並びます。
2月の25日は、道真が愛した梅に因んだ「梅花祭」の日、友人と久しぶりに京都に行きました。上七軒の通り(写真1・2枚目)を歩いているだけで京都の風情が感じられ、ウキウキします。今年は寒さ厳しく、梅の開花は遅れているようでした。金継ぎしたら使えそうなお抹茶茶碗を安価で手に入れたり、食べ歩きも楽しみました。
「楽焼き」講座
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2月23日(日)、「滋賀県陶芸の森」の講座「ラク焼き」に参加しました。講師は、「みはる窯」四代目の神﨑秀策先生でした。小学4年生からお茶のお稽古をされ、「茶名」も拝受されているお茶人の陶芸家です。
自作のお茶碗でお茶を点てたいと思い、これまで何度かこの講座で「楽焼き」に挑戦していますが、元々食器を作らない私にとって、お抹茶茶碗は特に難しく、なかなか納得いくものができません。高台の大きさや削り方を学びたいと思いました。(焼成は4月6日です)
2月の茶の湯
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昨年、興福寺の元貫主 多川乗覚師が亡くなり、小西先生は喪中だったため、新年に行なわれる「初釜」はなく、お稽古始めは2月からでした。
2月の年中行事は「節分」と、立春の後の最初の午の日に稲荷神社で催される「初午」でしょう。お茶室のお床には、五穀豊穣を願う「初午祭」のお軸(写真1枚目)が飾られていました。水指には、為興福寺・・・とあり、先生のご実家の興福寺のために造られたもののようでした。「今年は休まずお稽古に通う、和服で行く!」が、新年の志の一つです。
篆刻
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写真1枚目は、「みはる陶秀窯」の持ち主 松本陶剋さんの雅号印2顆、石印材で刻したものです。どちらも「陶剋」、箱書きに押すということでした。
丸い一字「陶」「剋」の方は、陶磁印です。布字したものと、刻した状態です。この後、施釉し、本焼きをして仕上げます。
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こちらは、動物の陶磁印です。1枚目の写真は、「子・兎」4顆と「寅・虎・騎虎」4顆。2枚目の写真は、「卯・兎」5顆、「龍」、「蛇」です。これらの印は、焼成後、「十二支の動物たち」というタイトルの折帖に押印し、「墨翔展」で発表しようと思っています。
雪の故郷
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1月末から10日間、富山の実家に帰省していました。母の入居していた施設が人手不足でおやめになるので、新たな施設に引っ越すためでした。滞在中、例年にも増して雪が降り続けました。
写真1・2枚目はリビングから撮ったものです。道路には地下水が散布される融雪装置(写真3枚目)があるので車は走っていますが、道路から玄関までの雪かきを毎日しないと外出できない状態でした。
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雪をかぶっても、椿畑の木々にはピンク・赤・白や斑入りなどたくさんの蕾や花が付いていました。腰までの雪をかき分けて採り、家中に飾りました。
1月の活動
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年末年始を故郷で過ごし、年賀状は実家で宛名書きをして投函しました。9日に奈良に戻りましたが、母の入所施設が変わるため、月末29日~再び帰省しました。
5月の連休にある書のグループ「墨翔展」のテーマを、「十二支の動物たち」と決めたので、十二支の印の草稿を練り始めました。今年は、「作品集 No.5」(昨年までの5回分)を刊行するので、私の6ページ分の作品を選びレイアウトをしていました。楽しい作業でした。
田上が参加している中国文学の研究会は毎月行なわれていますが、1月は毎年、拙宅が会場です。写真1枚目は、『文人伝 元時代』の原稿の読み合わせをしているところです。この日は、古都奈良に早春を告げる伝統行事「若草山焼き」の日でした。家のリビングからの花火は、低く打ち上げられると、下の方が山に隠れて半分しか見えません。写真を撮ると、途中にある木々が影絵のように黒く写ります。
和菓子
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猿沢池から南に元興寺に向かって歩いたところに、「萬御菓子誂處(よろずおんかしあつらえどころ)樫舎(かしや)」さんがあります。のれんをくぐると、販売コーナー(写真3枚目)があり、二階では喫茶もできます。奥にカウンター席があり、ここで「和菓子コース」をいただけるというので、1月23日、金継ぎ仲間5人と行きました。うち3人は、和菓子教室にも通う和菓子好きです。
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目の前で作ってくださるところを見ながら、その材料のこだわりや製法の説明もあり、その場でいただくというものです。1つ目は干菓子、続いて「馬毛荒目」の木枠の裏ごし器で作る生菓子2つ(赤い方は「鬼は外」、白い方は「百合根きんとん」)、4つ目は半生菓子「最中」でした。お茶は、和菓子に合わせて3種類、お話が弾み所要時間は2時間半、和菓子で満腹になりました。
伊賀市へ「初詣」
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伊賀の法人活動をしている頃から参拝したいと思っていた「大村神社(伊賀市阿保)」に、1月12日、初詣に出かけました。「延喜式」の神名帳に社名が記載されているという古社で、土地の鎮め・地震除災の守り神として信仰を集めている神社です。
写真1枚目の鳥居の奥は拝殿、2枚目は本殿です。日本三大奇鐘の一つ「虫食鐘」や、拝殿の西に「要石」(大地を揺るがす大なまずを押さえている)が奉斎されている社がありました。写真4枚目は、「要石社」入り口にある「願掛け水かけなまず」です。あちらこちらになまずの置物がありました。
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この神社に隣接する眺めのよい阿保の高台に「伊賀市ミュージアム青山讃頌舎(あおやまうたのいえ)」があります。日本画家故穐月明(あきづきあきら)氏が、晩年住居とした敷地の一角に建てた美術館です。
穴窯の活動で親交のある伊賀焼作家の新(あたらし)歓嗣先生の個展「新 歓嗣 ー作陶60年の軌跡ー 」が新春企画展として開催されていました。20歳の頃制作された大皿から、近年の神仏をモチーフにした具象作品など70点が展示されていました。美術館から出て、庭に入るとお茶室があります。新先生作のお茶碗(写真3枚目)の好きな作品を選んで、お抹茶をいただくことができました。
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「大村神社」「青山讃頌舎」から青山高原へ向かいました。途中、法人活動の拠点となっていた「MORITAI造形アトリエ(伊賀市西青山)」があり、立ち寄りました。法人は解散しましたが、「庵プロジェクト」の活動は、庵が完成するまで続いていおり、廃材を利用した庵には屋根もできていました。
写真2・3枚目は、青山高原風力発電所の風車です。アトリエから津市の方に車で10分ほどの所ですが、近くに行ったのは、この日が初めてでした。室生赤目青山国定公園の美しい自然の中に、広範囲にわたり思ったよりたくさんの風車が、未来に希望を運ぶように静かに回っていました。
巳年のお正月
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写真1枚目は、私がお正月用に設えた実家の床の間です。脇床の色紙「巳」は、田上鐡牛(夫)の作です。私の両親に十二支の色紙を12年間プレゼントしていたもので旧作ですが、毎年飾っています。写真2枚目は、小間の茶室に飾った鶴の香合、父の遺作です。
しまっていた「立礼棚(裏千家の御園棚)」を出して、和室の一角(写真3枚目)に常設にしました。高齢の母が家に戻った時にも気軽にお茶を点てられるようにと思ったからです。この棚一式は、造形作家の弟(石田歩)の作、バックに私の屏風を置きました。身内でまかなっています(笑)、思い出が詰まった品々です。
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新年のご挨拶はLINEが多くなりましたが、手にする年賀状は嬉しいものです。写真は、今年の年賀状の一部、書道仲間のものです。写真5枚目の「しめ縄」は、穴窯仲間の方の手作りです。自宅の玄関に掛けました。
年のはじめに
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明けまして おめでとうございます。2025年の元旦を故郷 富山県入善町の実家で、96才の母と迎えました。昨年3月に非常勤講師を退職したので、季節の移り変わりを愛でながら、のんびり制作できる!という期待もありましたが、、、暇にはなりませんでした。
今年こそは「断捨離」を心掛け、好きなものに囲まれ、好きなことだけをしてできるだけシンプルに、そして元気に過ごしたいと思っています。本年も、よろしくお願い申し上げます。














































































































































































































































































































































































