12月の活動
写真は、クリスマスホーリーと木の実のリースです。「やまなみホール(京都府南山城村)」で行われた「コラボの花かご」のアート展に参加した際、材料は近くの野山にあるものだから、いくらでも使って~という、ご厚意に甘えて、飽きずにいくつも作らせていただきました。
13日から、冬休みとなりました。非常勤で働く身には、時間のボーナスといったところでしょうか、日頃できない旅行や読書をし、拙宅に友人が集まった折には、皆さんに年賀状用の小さな印(名前の一字や「巳」)を作ってもらって遊びました。ゆっくり墨を磨り、年賀状の宛名書きをしながらの年の瀬で・・・、年賀状、元旦に届きそうもないです。
よく頼まれる「命名」の色紙・看板やプログラム・箱書きなどを書きました。筆の出番があることを、嬉しく思います。
今年は、授業、書道部の活動、二年ぶりの「穴窯焼成」、「大仏書道大会」のボランティア、そして、4つのグループ展(山形市・奈良市・伊賀市・南山城村)など、思えば次々あった一年でした。準備に追われ、気持ちの余裕がないな、と力不足をたびたび感じましたが、皆さんにご迷惑をかけながらも、温かく支えられ許されて働けたと思っています。ありがとうございました。
イタリア・ツアー
12月17日から8日間のイタリア・ツアーに、一人で参加しました。一都市に滞在してウロウロする旅行が多かったのですが、ツアーもいいものですね。言われた時間に集合しバスに乗れば、毎日遠足に連れて行ってもらえ、見どころの解説もあり、自由時間も適度にありました。旅行会社の儲けはあるのかと心配なくらい、充実した内容でした。
ローマ2泊→フィレンツェ2泊→ベニス→ミラノに泊まり、一般的な観光名所を案内していただきました。
一番行ってよかったと思った所は、ナポリ近郊にある「ポンペイ遺跡」でした。
ポンペイは、ローマ人の余暇地として繁栄した古代都市でしたが、紀元79年、ヴェスヴィオ火山噴火によって、突如火山灰の下に封じ込められました。その後、およそ1700年の時を経て始まった発掘によって、古代都市の様子がまるで時が止まったかのように、私たちの前に出現!町は整然と区画され、住居はもちろん、劇場や公衆浴場、下水道まで完備され、壁画やモザイク画、市民が記した落書きなどが残っていて、当時の贅沢で享楽的な暮らしぶりを鮮やかに物語っています。その賑やかさが聞こえてきそうな遺跡は、また、はかない人間の宿命を伝える遺産でもあり、私は、ヴェスヴィオ山の雄姿(写真右)を目に焼き付けました。
「やまなみホール」でコラボ
京都府南山城村にある「やまなみホール http://www1.ocn.ne.jp/~yamanami/ 」で、12月1日・2日、やまなみ「この指とまる」会主催の、「コラボの花かご」というイベントがありました。「おはなし会」「コンサート」「「ワークショップ」「アート展」が催され、村在住の陶芸家佐々木淳さんにお誘いいただき、私も、「アート展」に作品を出品しました。
南山城村は、京都府の東南端にある府内唯一の村で、奈良市と隣接しています。笠置を抜け(写真1枚目は、道中の石仏)、会場まで家から車で30分の所です。山あいに建つ「やまなみホール」は、黒川紀章氏設計の多目的ホールで、入口から続くホワイエの正面は総ガラス張りになっており、そこからの眺めに、誰もが息を呑むでしょう。その名の通り山並みが幾重にも重なり、眼下は木津川です。
この展覧会のために新たに作った作品はなく旧作ばかりの展示となりましたが、いろんな方に私のこれまでの仕事(書作・陶印・文房具など)を見ていただくことができました。写真1枚目の、穴窯で焼いた「花入れ」には、メンバーの方が、近くで採った木の実などを添えてくださり、嬉しい「コラボの花入れ」となりました。
ホワイエの雄大な自然を借景に、たそがれゆく中、フルート・チェロ・ピアノによるコンサートを聴きました。演奏家・朗読サークルの方々や作家さん達と、コラボならではの、出会いと交流ができました。
11月の活動
秋の行事とお出かけが続きました。その折々に見る、晩秋の風情はことのほか美しく、心に沁みました。文化の日前後にある奈良女子大学の学祭あたりから、紅葉が目に留まるようになり、写真1枚目は、「大仏書道大会」のボランティアで東大寺に3日間通った11月中旬の大仏池、他の写真は、西宮船坂・丹波篠山で撮ったものです。
自然と対面している時は、一人その中に包まれているようにも思いますが、その印象に残る場面場面には、それぞれの活動を共にする仲間のある幸せにも気付かされることでした。
研修旅行
11月24日・25日、私が所属しているNPO法人の研修旅行に参加しました。1日目は、「西宮・船坂ビエンナーレ2012 http://funasaka-art.com/ 」の見学でした。山に囲まれた小さな町の、段々畑・廃校になった小学校・寺や古民家などに、国内外のたくさんの芸術家の作品が展示されていました。
主催されている「船坂山里芸術祭推進委員」の方との交流会では、広報の方法から住民の意識やアートボランティアの確保、さらに助成金などの資金面のお話まで伺うことができました。このような催しは、ものづくりをする者同士が集まってできるものではなく、仕掛け人となり指揮を執るアートディレクターの存在と、地域住民が協働することが大事なのだということを学びました。
2日目は、宿泊先の「ユートピアささやま」から、まず、江戸時代の藩窯を昭和63年に復興したという「王地山陶器所 http://plus-note.jp/ojiyama/ (兵庫県篠山市)」の見学をしました。法人代表の教え子の方がここで陶工をしていらっしゃるので、手彫りの土型(写真2枚目)で素地を型押し成形する技法の説明なども詳しく聞くことができました。ここから歩いて、城下町丹波篠山の伝統的建造物保存地区の散策もしました。写真3枚目は、街並みをスケッチする会員です。
午後からは、丹波立杭焼きの見学に、丹波伝統工芸公園「立杭 陶の郷」に行きました。園内の「登り窯」では、ちょうど窯焚きの最中でした。煙突のない(写真4枚目)「蛇窯」とも呼ばれている立杭独特の窯には、両脇に丸い焚口がいくつもあり、蓋はドーナツのような形でした。薪窯もいろいろですね。
「佐川美術館」のお茶室見学
この年になってやっと始めたお茶のお稽古ですから、お手前はなかなか身に付きませんが、お茶室の空間にいて、床飾りやお道具を拝見するのが楽しいです。60年来茶の湯に親しんでいる母が一度見てみたいというので、家族も一緒に、「佐川美術館 http://www.sagawa-artmuseum.or.jp/cgi-bin/info/(滋賀県守山市)」に行きました。前日には、5年前に撮っていたビデオ(この茶室建築の様子を放映していた「日曜美術館」)を見て、予習万端で出かけました。今年2つ目のお茶室見学です。
水に浮かんだように美術館の建物があり、写真の右奥に見える屋根が広間、水面下に、路・寄付・水露地・小間の茶室などがありました。初代長次郎から15代目にあたる、当代楽吉左衛門さんの設計で、その楽茶碗同様、独特の趣があり、用途のある現代美術だと思いました。
「大仏書道大会」開催
11月17日・18日の土日、東大寺大仏殿西回廊を会場として、第3回「大仏書道大会 ~書くことは楽しいin奈良~」が開催されました。主催は、NPO法人「奈良21世紀フォーラム http://www.h7.dion.ne.jp/~nara21cf/ 」、奈良の文化の伝承と書道の発展を願い、企画されています。
私は、6年前から、奈良女子大学書道部員と共に、この法人の活動に協力してきました。遷都祭の年から「公募展」と「席書会」という形が定着しました。
全国の高校生・大学生から、テーマ(今年は5つ)に沿った書道作品を公募し、入選作品100点(うち特別賞7点)を、東大寺大仏殿西回廊に展示しました。
見ていただいた方々から、いろんな表現があり楽しい展覧会だ、言葉がジーンと心に響く、などと言われると、展覧会の趣旨が伝わってよかったと嬉しくなりました。それぞれの人が、筆と墨に思いを託し、自分にしか書けない作品を発表する機会として、これからも広まっていくといいな、と思っています。
(クリックにより拡大表示いたします)
展覧会会期中の18日(日)10時~12時、同じく西回廊にて、「席書会」を実施しました。「奈良21世紀フォーラム」の理事長である森本公誠東大寺長老の講話の後、100文字程の写経「華厳唯心偈」と、自由課題の作品を書く、という奈良らしいイベントです。参加者は、大仏殿の基壇に登らせていただき、作品を奉納しました。
回廊は吹きさらしですので、2日間会場にいると寒さが堪えますが、「大仏書道大会」のボランティアは、私にとって、やり甲斐のあるライフワークとなりそうです。
奈良女子大学書道部の「学祭展」
奈良女子大学の学園祭は、11月2日(金)~4日(日)、書道部は、学生会館2階で「学祭展」をしました。準備中は気付かない紅葉ですが、この時期、学内の木々が忘れず一斉に色付くことを、毎年感慨深く思います。部員19名・OG3名と私の作品の他に、今年は顧問の谷口洋先生の作品(写真3枚目:中国文学の教授らしい語句です!)も加わり、計37点が並びました。
写真2枚目左上の横長(約5mの布)の作品は、部長発案の共同作品『千字文』で、各自8文字づつ(四字句×2)を得意の書体で書いたものです。あと2年書き足せば、千字になるでしょうか。
写真1~3枚目は、奈良女らしい創作作品の中からの3点です。右の写真は、9月のグループ展(伊賀市)にも出した私の陶印14顆を押した作品「吉祥」の中から3顆です。来場者の方々から、特に図象印が面白いとの声をいただき、またいろいろ制作したいと思いました。
訪ねてくれた書道部OGの中には子連れの人もあり、結婚の報告もあり、また、揮毫コーナーも毎年好評で、にぎやかな3日間でした。
10月の活動
父の一周忌の折、会食をした地元の料理旅館「かしはら館」の床の間に、戦後の近代詩文書運動の担い手大平山濤先生の書『長い道』が飾られていました。畳2枚程もある大作です。(『長い道』は、ドイツ文学者 柏原兵三氏ご自身が、子供の頃、彼の父の郷里である富山県入善町に疎開をした経験をもとに書かれた小説で、「少年時代」のタイトルで映画になりました。「かしはら館」は、柏原兵三氏の父方の家です。)若い頃ご指導を受けた今は亡き大平山濤先生を始め、多くの方々のおかげで今の私があることを心に留める、ふるさと入善でのひと時でした。
10月も、知人の個展・グループ展など秋らしい行事が続きました。
写真は、月に1度の伊賀での法人活動の様子です。秋晴れの21日、この日は集まった10人の仲間と、来年度の「穴窯焼成」のために間伐材を運び、私もチェンソーを扱い、さわやかな汗を流しました。
また、「大仏書道大会」に、私が指導に携わっている高校2校106点と大学の書道部から17点の作品を応募しました。放課後残って書いていた生徒もあり、また、学祭展の準備を遅くまでする学生達もあり、書道に取り組む若者達の姿を頼もしく嬉しく思う時、疲れを忘れました。
「廣永陶苑」の見学
2年前に、三重県立美術館で「川喜多半泥子のすべて展」を見てから、すっかり半泥子さんの魅力にとりつかれている私ですが、お茶のお稽古の見学会で、「廣永陶苑 http://hironaga.web.fc2.com/ (三重県津市)」に行きました。
入口の山門には、「廣恵山」という半泥子さん揮毫の扁額が掲げられてあり、嬉しくてドキドキしながらさらに車で中に入ると、2万坪という広い苑内には、半泥子さんゆかりの「山の館」・「山里茶席」(写真2・3枚目)・「泥仏堂」などの建物、あちらこちらに書・陶芸作品を見ることができました。坪島土平先生をチーフに、茶の湯の陶器などの制作が行われている窯場、その作品展示館も趣のある建物でした。一つ一つに見とれていると、皆さんに置いていかれそうになりました。「石水博物館 http://www.sekisui-museum.or.jp/ 」も含めて、また一人でゆっくり来たいと思いました。
奈良文化女子短期大学の「学園祭」
高田市にあった「奈良文化女子短期大学 http://www.narabunka.ac.jp/ 」が、奈良学園登美が丘キャンパス(奈良市中登美が丘)に移転したため、昨年から書道部の指導に行っています。10月28日(日)学園祭があり、書道部は書展をしました。部員は3名だけですが、臨書や創作作品に意欲的に取り組んでくれた成果を、発表できたと思います。写真3枚目は、共同作品の篆刻です。学長先生の色紙作品(写真4枚目の「明」)ほか2名の先生方の賛助出品もあり、盛り上げてくださいました。
さすが保育士を目指す学生らしい、フランクフルトのかわいい看板が目に留まりました。
「大仏書道大会」の審査会
奈良21世紀フォーラム主催の「大仏書道大会」の公募展には、全国の57の高校・大学から、1048点の作品が寄せられました。昨年は、奈良県下の高校に呼びかけた効果で奈良県の応募が多くありましたが、今年は、県外からの応募が増え、少しづつ認知されていることを喜んでいます。
10月22日に一次審査をし、26日に朝日新聞奈良総局にて本審査をして、入選作品100点を選びました。たくさんの作品を見ながら、こんなに書道に親しんでくれている若者達がいることに感動しました。11月17日・18日の東大寺大仏殿西回廊での展覧会は、きっと意義深いものになると思いました。
9月の活動
「芸術の秋」の到来、9月になって、にわかに慌ただしくなりました。8月末から授業が始まり、書道部合宿(3日間和歌山)に行き、グループ展(4日間伊賀)に行き、知り合いの個展がいくつかありました。
写真1枚目は、毎年お邪魔している東大寺学園文化祭の前日(7日)夕刻のもので、恒例の入り口を飾る垂れ幕は、書道部員の揮毫によるものです。他の写真は、奈良学園登美ヶ丘の文化祭で、私の担当している授業(中一全員と、高一・高二の書道選択者全員)の書作品も展示した、その一部です。
伊賀に滞在中、安永正臣さんの「行って来い窯」では窯焚きが行われていたので、伊賀市畑山の山中まで夜中に車を走らせ、穴窯仲間と見学に行きました。穴窯と異なり、火床は窯全体に長く設けられています。長い廃材を燃料にされて、釉薬ものを24時間で焚いていらっしゃるところでした。
「風と土のかたち」展の一連のイベントとして、例年、専門の先生方のご指導の元、「造形体験」のコーナーがあります。今年は、珍しいメタルエンボッシングアート・かわいいストリングキルト・ステンドグラスでしたが、見ていると、私もやってみたくなって、ステンドグラスの体験をしました。ガラスは、選びたい放題用意されていて、それらを組み合わせ、9㎝四方の小物入れができました!
「風と土のかたち」展
穴窯焼成の活動を中心に、会員として参加しているNPO法人「Arts Planet Plan from IGA (伊賀市青山)http://www.appfi.org/ 」主催の、第9回「風と土のか
たち」展が開催されました。会期は、9月15日(土)~23日(日)[但し18・19・20日は休館]、会場は、「メナード青山リゾート」の近くにある、旧矢持小学校「伊賀市矢持地区市民センター(伊賀市腰山)」です。
今年も、法人会員・法人活動に係わった方々・三重県の作家さんなど72名・2団体と多くの参加があり、彫刻・絵画・陶芸・木工など、ジャンルはさまざまです。また、ブルーベリーなどの農産物や加工品、3日前に取れたという新米を使ったおにぎりセットなどの販売もあり、地域のご協力ご支援をいただき、行われています。
私は、法人活動の一環として、この3月に焼成した穴窯の作品から、花器と掛け花入れの作品、おめでたい印を14も押した「吉祥」と、その陶印、文字のある盤と陶板(右から「心」・「月を友とし風と交わる」・「不二」)を出品しました。
1点だけの出品、という人がうらやましいですが、私には代表作というものがありません。今回の参加が7回目となり、毎年この展覧会までの一年の間に制作したものの中から出しています。会場で、自分の作品を改めて眺めると、この一年間の時間がよみがえってきます。
写真1・2枚目は、搬入後に行われる恒例「ギャラリートーク」の様子です。
3・4枚目は、たくさんの作品の中で、興味を持った2作です。1つ目は、床に置かれた不思議な2ひきの白い虫?、「葉虫(ようちゅう)」と題され、陶製です。2つ目は、もう使用されなくなった「流し」を使ったインスタレーション、こちらも陶製のオブジェで、「みつける 忘れる」と題されていました。書道も陶芸も、頭を柔らかくして制作した方がいいよ、と教えられたような気持ちになりました。
会場は、伊賀の山間部のため、来場者に限りがありますが、3階の元図工室の窓からの自然は美しく(写真5枚目)、一幅の絵画のようでした。またここに来よう、ここで展示したいと、私は、制作における元旦のような決意をしました。
「アンタ-ラ」の制作
音楽ものこぎり仕事も好きなので、第2回実技講習会「アンデスの民族楽器アンタ-ラの制作」に参加しました。(私が所属しているNPO法人は、「風と土のかたち」展・アトリエニュースの発行・穴窯焼成などの活動と、会員と一般を対象に、実技講習会を年4回行っています。)
アンタ-ラとは、サンポーニャより更に古い時代からアンデスの人々に愛され、ケ―ナと共に親しまれる民族楽器で、本来は葦で作るそうですが、この度は、寅斑竹を用いました(写真3枚目)。プロの音楽家の方3名と法人会員の木工作家さんによる制作指導だけではなく、楽器の時代背景や演奏法についてのお話、演奏もあるという、中身の濃い楽しい講習会でした。皆で吹けば怖くない、だれかが音を出してくれている、との掛け声で合奏もしました。
奈良女書道部の合宿
今年の奈良女子大学書道部の合宿は、9月8日~10日、和歌山県有田市の国民宿舎「くろ潮」に行きました。参加者は、OG2名を含む19名、近くの海で30分ほど遊びましたが、テレビも見ず、食事とお風呂と寝る以外は、書いているだけです。従って、お食事が大きなポイントとなりますが、7食共、エビやアワビなど新鮮な天然地魚が豊富に食卓に上り、合宿とは思えない豪華さでした。
真面目な部員たちは、「先生、楽しいです!」「合宿、楽しいです!」と言うのですが、この位の年頃は他に楽しいことがあるだろうに、と私は不思議に思いながら、ご一緒させていただいています。
3日目の午後は、近くを観光するのが恒例です。「湯浅」駅まで、宿舎のご好意で送迎バスで送っていただき、30分程でした。「湯浅」は、名物の「金山寺味噌」からできたというお醤油の発祥の地であり、往時を偲ぶ歴史的な町並みが保存されています。
学生達と、熊野古道から、伝統的建造物群保存地区を散策、庇の軒先に木製の「幕板」が下げられていたり(写真2枚目)、木瓜(もっこう)型の「虫籠(むしこ)窓」(写真3枚目)など、独特の意匠が見られました。歩いていると、懐かしい薫りがして、ワア~と歓声が上がりました。今も杉樽で仕込む本醸造のお醤油屋さんの「角長」さん!100年前の醤油蔵や資料館も見学しました。
8月の活動
写真は、元書道部員と訪れた「箕面の滝(大阪府箕面市)」と、穴窯仲間と訪れた「白藤の滝(三重県伊賀市)」です。かつて見た故郷の「称名の滝」は、崇高な気持ちで遠くから眺めたものですが、この2つの滝は、ミストシャワーを感じる所まで近づくことができました。淀川縁で花火を見たり、富山に帰省した時には、海岸で遊びました。8月も、「私らしい夏の休暇」の続きでした。
若い陶芸家 安永正臣さんの工房(伊賀市山畑)に、穴窯仲間と見学に行きました。窯は、耐火レンガも自ら焼いたという手作りの薪窯で、昨年4月に築窯されて、もう30回も焚いたそうです。手前に焚き口と煙突があり、炎は奥に行ってから手前に戻ってくるという構造の「行って来い窯」、この窯から生まれる彼の作品は、独特の味わいです。
「南山城村の夏つなぎ」というイベントの最終日25日に、「山ノ上マーケット」があり、訪ねました。南山城村は、京都府の南東、信楽(滋賀県)伊賀上野(三重県)柳生(奈良県)に隣接し、会場は、本当に山の上なのですが、どこからこんなに集まるのかと思うほど大勢の人で、活気のある「市」でした。知人で和我盆(わがた盆)の第一人者森口信一さんも参加されており、実演を見ていると、木片がポンポン飛んできて心地よく体に当たりました。
R工房では、「陶印」と「ボタン」の本焼きの後、上絵の「赤絵」の顔料を、先月買った少しオレンジっぽい赤に換えて、上絵をしました。また、9月のグループ展の作品の1つとして、「陶板」 の作品を、手持ちの板にはめ込んで展示しようと思い、彫ってみました。
石田歩の「図画工作展」
7月14日(土)~9月2日(日)まで、石田歩(弟)が制作した90年代以降の作品を紹介する「石田歩の図画工作展」が開催されました。
この会期前の約ひと月をかけて、公開共同制作して完成した「謎のトロッコ島No.13」も、中庭まで続く体験型巨大インスタレーションとして展示され、会場となった「朝日町ふるさと美術館 http://www.town.asahi.toyama.jp/buntai/museum.html (富山県朝日町)」は全館、工作少年の夢の世界でした。
共同制作として作られた大型のトロッコ島No.13(展示後、解体破棄)は、下山芸術の森「発電所美術館」(富山)・船橋アンデルセン公園「子ども美術館」(千葉)・「八ッ岳美術館」(長野)に次ぐ4つ目です。この夏を記憶し、幻の島となります。
「立入禁止 よい子は可」と書かれた落書きに誘われて、内部に入り込むと、そこは秘密基地の迷路・・・。歩は、鑑賞の場である美術館を、楽しいものづくりの現場とし、また探検しながら体感できる不思議空間に換えてくれたと思います。
会場には、富山県立近代美術館蔵のトロッコ島No.4はじめ、アトリエで制作されたトロッコ島があちらこちらに展示されました。中央には、乗り物・カメラなどの「模型」、壁面には、平面(絵日記シリーズなどの絵画・旅先の建物や路地の素描)と、
半立体(BOXレリーフ)の作品、約100点が並びました。
モチーフとなっているのは、幼いころから大好きだった探検(旅)・乗り物・カメラなどです。私は、一緒に「双六」をした「絵巻物」も見た、そんなことも、不思議で楽しい迷路の要素となっていると感じましたが、見る人を、どこか懐かしい時空へと誘い、いろんな物語が聞こえてきそうなのです。55歳になっても作り続ける経緯は、図録にある、彼の<挨拶文>を読んでください。
7月の活動
写真は、京都祇園祭の「菊水鉾」に上がらせていただいた時に、鉾の上から撮ったものです。7月上旬で一学期の授業が終わり、時間ができたにもかかわらず、しばらく制作は何もする気が起りませんでした。出かける元気だけはあり、行き先は、知り合いの個展・工房見学・窯焚きと、美術館です。舞台芸術や祇園祭を見たり、伊賀の穴窯の薪棚補修や周辺の草刈りもしました。私らしい、夏の休暇といったところでしょうか。
1967年に結成された前衛美術集団「ザ・プレイ」の主力メンバーでいらっしゃった三喜徹雄さんの個展(奈良市のギャラリー勇斎)で、流木やブリキの作品を見ました。写真1枚目は、活動の一端が窺えるポスター、この6月、セーヌ川を行く矢印型のハッポースチロールのイカダの先頭中央が三喜さんです。大作の流木作品は、自然消滅ですから、大きな写真で紹介されていました。2枚目は、その内の1枚です。
写真3・4枚めは、富山に帰省途中、九谷焼の陶芸材料店(石川県能美市の千圃堂さん)に寄った時に、偶然田畑奈央人さんと出会い、制作過程を見せていただいた時のものです。作品は、陶彫というジャンル、九谷の伝統の中に異彩を放つリアルな動物たちでした。
右の写真は、学生時代からの友人で、私の穴窯の師尚でもある松元洋一さんの窯焚きの一コマです。猛暑の中でも、活動を続ける作家さん達です。
授業の合間に作っていた陶印ですが、R工房の窯詰め・窯焚きの日程に合わせて、月末に急いで仕上げました。ボタンなどと共に、下絵と施釉をしました。引き続き、本焼き、そして、上絵をします。
「玖磨山房展」と「洗硯会」
中国文化に造詣の深い書家・毎熊洋仁さんの個展「玖磨山房展」が、ご自宅(奈良市西狭川町)を会場として行われました。
毎熊さんは、学生時代に、晩年の上田桑鳩と出会って、書の道を志したそうです。自由闊達な書画の作品群と、たくさんの収蔵品を拝見しました。 桑鳩の代表作といわれているものに鎌倉建長寺の「比田井天来先生之碑」がありますが、2m四方もある「全套本」を見せていただき、いつまでも見あきることはありませんでした。他に、蒔絵のように美しい古墨や、金より値打ちの高い印材「田黄」などなど、ご自宅全体が、収蔵庫のようでした。
期間中の7月14日、「洗硯会」がありました。「洗硯会」とは、愛用(自慢)の硯などを持ち寄って集い、硯に水を垂らして撫でたり、水につけて鑑賞したり、(酒を酌み交わしながら)文房四宝談義をするというものです。
大学の書道科の先輩は書壇で活躍されている方が多いのですが、既成の書壇に属さずフリーで現代書の創作活動をされている方々と、そこから広がる交流を、私は長く大切にしてきました。この日も、そんな独自の世界をお持
ちで、かつ真摯で優しい先輩達や集まった方々から、たくさんのお話をお聞きするうちに、夏の夜も更けていくという風流な時を持ちました。 私の作る文房具に、その片鱗でも反映できましょうか・・・。
石田歩の「トロッコ島」 建設中
石田歩(弟)の「謎のトロッコ島」公開制作と、「図画工作展」の展覧会は、この夏、私達姉弟の実家(富山県入善町)の隣町にある「朝日町立ふるさと美術館 http://www.town.asahi.toyama.jp/buntai/museum.html 」を会場として、始まっています。
この度の「トロッコ島」はNo.13、建設期間は、6月9日(土)~18日(月)&6月25日(月)~7月13日(金)[火曜日:休館]です。約一ヶ月間、一般参加型で公開共同制作され、続く「石田歩の図画工作展」期間中(9月2日(日)まで)体験型巨大インスタレーションとして展示されます。 主催:朝日町ほか 共催:北日本新聞社<新聞記事>
私は、期末試験休み中に帰省し、ボランティアの方々に混じって、ペンキ塗りをさせてもらいました。撮ってもらった写真を見て感心?したのですが、刷毛を、いつも持つ毛筆のように懸腕・双鈎法で握って、塗っていたのです(笑)「工作人員」としての小さなバッチと、続く展覧会の無料入館証をもらいました。
「謎のトロッコ島」制作現場、7月7日・8日の様子です。写真のトロッコは子供が2人乗れる大きさで、レールがひかれて館内を走り、小さなトロッコは宙を飛ぶ予定とか・・・。
遠方からのボランティアさんは実家に泊まって参加しているので、お世話をしてくれている母ですが、歩はいったい何をしているものか、一生をかけて遊びたいなんて、と嘆くので、私は慰め役です。しかし、期待せず自由にさせてく
れる親ほど、ものづくりをする上で、有難い応援はないと思います。
6月の活動
京都「永観堂」近くにある2つの美術館、「泉屋博古館」(写真は、入口の背丈以上もある大きなポスター)と「野村美術館」の、<春季展>に行きました。雨の東山は美しく、泉屋では常設の青銅器と<書を楽しむ>、野村では<古筆の美>と茶道具を見ましたが、書の名品の数々には圧倒されました。中でも、日頃は仮名の資料として臨書・鑑賞している「古筆」ですが、このような個人蔵のコレクションは、「古筆切れ」が掛けものとして美しく表装されています。文字の持つ造形や線の強さ以上の、用途を持った「茶掛け」などの作品としての魅力は格別でした。
美術館や図書館に行くだけでなく、この頃は、茶道具や和服(染織)のお店を覗くのも楽しく思います。書斎では、雨音を聞きながら、学期末となった授業の準備と、篆刻をしていました。
6月は私の誕生月のため、子供達が集まった日に、私が陶芸制作をしている「R工房(奈良市田原)」の近くにある古事記の編者・太安万侶の墓(1枚目の写真は、お茶畑から出土した「墓誌」の一部)などを見学し、工房で作陶会をしました。
R工房には、箱崎先生の作品のファンの方々や、器を使っている料理人の方々などが来訪され、陶芸の体験を希望されることが度々です。その方々のご要望もあって、<「R工房」陶芸教室のご案内>のチラシを、生徒の私が作りました。作陶に興味のある方は、ご覧になって、どうぞご参加ください。
「堺町画廊」の陶印
6月5日(火)~10日(日)、私が陶芸制作をしている「R工房」を主宰されている箱崎竜平先生の作品展が、京都の堺町通り御池の「堺町画廊 http://www.h2.dion.ne.jp/~garow/top.html 」でありました。私が刻した先生とのコラボの陶印6顆(成形と絵付けは先生)も並びました。
写真1枚目は外観、この古い町屋の入口から通り庭(写真2枚目)も展示スペースとなっており、この奥が、黒光りした柱や梁と土壁の空間、二階の大屋根まで吹き抜けになった趣のある画廊でした。
先生独特の手数の少ない成形を活かしたいと思い、縁をそのまま残した「鶴亀」「万年翰墨」は、封泥のような自然な雰囲気となり、コラボならではの新境地でした。また、この度の先生の絵付けは、金彩銀彩のみのため、磁土の白地に印泥の朱が映えるように思いました。陶印のコラボは、3年前の「松屋銀座店」以来、久しぶりでしたが、よい勉強になりました。
5月の活動
書斎や工房からの新緑は美しく、学校や美術館・コンサートなどどこへ出かけても、初夏のさわやかさに恵まれた毎日でした。
陶印は、先月末にたくさん成形したものを素焼きし、4月の「遊印展」の折に頼まれたものなど、たくさん刻していました。写真は、箱崎先生とのコラボ(成形と絵付けは先生で、私が刻す)の作品です。
中間考査休みの期間中は、刻字作品の制作をしていました。私が非常勤で勤めて20年目となる奈良学園(郡山市)は、今年度、文部科学省の「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」の指定校になり、学校の玄関に、その看板を掛けることになりました。墨書なら、3分で出来上がりでしたが、刻字にしようと思ったものだから、文字を彫るのに時間が掛りました。彫り方は菱彫り、カシュー(漆系の合成樹脂塗料)を3回も塗って仕上げました。裏には、お祝の気持ちを込めて「・・・五月吉日・・・」と書きました。
これらは、色紙の作品です。奈良学園登美が丘校(奈良市)の高校2年生が、語学研修に行く先(オーストラリア)で使うとのことで、交流のお役に立つならと引き受け、うちわの作品も含めて、20点書いたものの一部です。「侍」は生徒のリクエスト、「桜」・「不二(富士)」など日本的な題材や、おめでたい言葉などを書きました。海外で日本の伝統文化を紹介できるのは、嬉しいことだと思います。
「倒焔式角窯」の見学
5月5日、三重県四日市市の陶芸家 木村元次先生の「元昇窯」の窯焚きを見学させていただきました。木村先生は、3月末の伊賀の法人の穴窯焼成に参加してくださった小林さんの陶芸の先生、きっと感動するよ、とお誘いくださったのです。写真は、溶接用の革手とヘルメットを付け完全武装で薪を抱えているところと、バックファイヤーを浴びながら薪を投入している私です。
「元昇窯」は、松阪市宇気の郷にありました。窯は、一辺が4m程の角窯で、「両面焚倒焔式」です。主に釉薬を掛けたものを焼いているそうです。両側面に各々2つ、計4つの焚き口があり、炎は、壁に沿って上昇し、アーチ状の天井にぶつかって下降、その炎は、炉床に設けられた煙道を通って、煙突から排気されます。
たしか常滑に研修旅行に行った時、すでに使用されていない「倒焔式角窯」を資料館で見たことを思い出しましたが、実際の窯焚きを目の当たりにして、窯の構造や取りたい作品の狙いが、「穴窯」とは違うことがよくわかりました。全くと言っていいほど燠(オキ)がないのも驚きでした。
あらかじめ窯の取り出し易い所に「色見」が設置されており、それを引き出し、窯の中の釉薬の状態を確かめ、窯を閉じる判断をされていました。木村先生は、中国の宋代の「白瓷・青瓷・鉄釉」に魅せられて、16歳の時から60年間陶工をしているが失敗の繰り返し、まだ60点、とおっしゃっていました。参加されていた若い陶芸家の方々との話しぶりや、自ら薪をくべていらっしゃる姿に接して、私は知らないことだらけだ、もっと勉強しようと思いました。
奈良女子大学「記念館」の展示
4月29日(日・祝)~5月5日(土・祝)まで、奈良女子大学「記念館」の一般公開が行われました。記念館は、正門・守衛室と共に、国の重要文化財に指定されている、木造の趣のある建物です。一般公開に伴う、特別展示として、~サークル活動の成果から~ が企画され、書道部員の作品を展示させていただきました。
記念館二階の講堂には、「百年ピアノ」が置かれ、明治41年に奈良女子高等師範学校が開校された当時から使用されていた長椅子が今も並んでいます。この会場に相応しい作品作りにしたいと話し合い、3月には学内の宿泊所で「春合宿」を行ない、この展示に臨みました。年代物のガラスケース4台にも作品が並びました。
4月の活動
1日に、伊賀での6日間の窯焚きから自宅に戻った時は、時差ぼけ状態でしたが、ぐっすり寝てから、再び「遊印展」のための準備をしていると、桜も咲き始め、新年度の授業が9日から始まりました。入学・進級した生徒達の輝いた顔に、私の気持ちも連動して、元気をもらえる嬉しい時季です。指導している2つの書道部にも、1回生が入部してきました。
11日からの「遊印展」の会期中は、授業のない水・金・土曜と、学校の帰りにもギャラリーに出向き歓談、日曜は、「穴窯の窯出し」でした。27日は、奈良女子大学の記念館に、書道部員の作品を展示しました。写真は、月末から作り始めた磁土による印の成形、土から2時間でこんなにたくさんできます!
穴窯焼成の「窯出し」
4月15日(日)、穴窯焼成の「窯出し」をしました。写真の1枚目は、入口を開けた時の中の様子、灰がいっぱい掛かっています。2枚目は、棚板を3列に組んだうちの、一番奥の列の様子です。
順番に作品を運び出して並べ、この日の参加者30名が作品の周りに集まり、感想や反省点など、恒例の意見交換をしました。陶芸専攻の学生ボランティアさんが、大学の授業より有意義だったと、言ってくれました。私達の活動に、薪割りから参加する仲間が増えるといいのですが・・・。
この度の穴窯焼成の、私の作品の一部です。赤土の作品は奥の棚板に、白土で作ったものは主に手前の棚板に置きました。土の種類や、作品を置いた窯の位置によって、いろいろな表情になりました。
私の穴窯の興味は、土と火を扱うこと自体ですから、窯を閉じた時点で終わったような気持ちです。作品の出来は、その時々の窯任せ、まだ作りたい作品の意図に焼き上がるとも思えず、毎回実験をしているようなものです。窯は、きっと正直に(時には思いもかけないご褒美と共に)応えてくれているのでしょう。
アートサロン「空」の二人展
4月11日(水)~16日(月)まで、陶芸の師である箱崎先生のうつわ展に、私の作品も並べてくださいました。2年ぶり2回目の「箱崎竜平陶展/田上早百合遊印展」です。
会場は、アートサロン「空 http://web1.kcn.jp/artsalon-ku/ 」、近鉄奈良線「学園前駅」の賑やかな北口から徒歩3分(奈良市学園北1丁目)というものの、静かな住宅街の入口です。ギャラリ-に隣接して茶室などもあり、サロン・コンサートも度々企画されています。
時間不足で、案内状をほとんど出せませんでしたが、会場は、連日、途切れることなく大勢の来場者で賑わいました。個展は、私の知り合いばかりとなりますが、有難いことに、この度は、箱崎先生のフアンの方々はじめ、ギャラリーの常連さんなどたくさんの方々とお話もできました。身に余る評価と、お応えできないくらいの応援や提案をいただき、成果の大きい展覧会となりました。
写真は、「十二支磁印集」(天地21㎝約3m)と、「四季の印」(天地28㎝約2m)と題した折帖仕立ての作品の一部です。
昨秋の個展には、スペースの都合で「陶印」をわずかしか展示できませんでしたので、私らしい陶印を見ていただくよい機会にしたいと思い、2冊の折帖の作品を中心に、170顆余りの陶印を展示しました。陶印ばかりこんなに並べたのは、初めての試みでしたが、一般的にも珍しいと思います。
上の写真は、14顆の「寿」の印ですが、インスタレーション風に展示してみました。はがきに押した印は、今までの展示方法です。左は「藝」、人がかがんで木を土の上に植えている様から「わざ」の意を表しています。2枚目は「文華」、文明の華やかさ、あやの美しさ、文学に長じた人、などの意味です。「椿」の図象印を押したランチョンマットのような作品や
「桜」「桜の花びら」の図象印は、山形のグループ展から試みたスタンプを使った作品です。
印材自体がオブジェとして面白いもの、伝統的な篆刻にとらわれることなく刻した文字(語句)や図象が親しみ易く、力(魅力?)のあるものを目指したいです。どこにもない1つのジュエリー・アクセサリーを作るような、ワクワクした気持ちで、制作し続けられたらいいなと思っています。
穴窯焼成
NPO法人「Arts Planet Plan from IGA http://www.appfi.org/」陶芸自主活動グループ「粘土カフェ」の、6回目の「穴窯焼成」に参加しました。穴窯は、法人の代表理事である彫刻家・森田耕太郎氏のアトリエ(伊賀市青山)
にあります。
私達「粘土カフェ」の穴窯は、燃料となる薪を購入せず、間伐材の有効な再活用を趣旨としています。購入すると一窯分の薪代は50万円以上になりますが、近隣から間伐材(赤松)の提供を受けて、2トンロングのレンタカーで丸太を運び込み、活動日に集まって薪割りをしてきました。棚板や耐火レンガなども中古やいただきものです。お金を掛けず、共に汗を流し知恵を出し合いながら進める、何かと苦労の多いイベントですが、この上ない贅沢な遊びのようにも思います。今回は、2年ぶりの焼成、薪は750束できました。
窯詰めの様子です。3月11日に、穴窯焼成の作品の持ち込みと窯周辺の整備をし、24・25日に窯詰めを行いました。窯詰めの初日は雨、2日目は雪の降り積もる寒さの中、丁寧に窯詰めをしました。参加者ができるところで協力し合い、34名の全ての作品を詰め終わると、夜の10時になっていました。
3月27日10時に再び集まり、窯焚きの6日間の合宿が始まりました。まず、窯の入口に、焚き口を作りました。温度計を設定し、安全祈願もして、窯焚きの準備完了です。
27日午後3時45分、火入れをしました。初めは、焚き火のように赤松の木っ端を燃やし、窯を温めていきます。18時間100度をキープ、その後、さらに18時間かけて、空気爆発の温度帯350度まではゆっくりと上げました。その後は、どんどんいこう~!と声を掛け、29日11時、600度位から、上の焚き口からの薪の投入となりました。
窯当番は、3名(後半の夜間は4名)で、3時間交代です。温度、投入した薪の束数、窯の様子などの記録もします。夜通し焚くため「寝るのも仕事」で、昼間に寝てもらう人もあり、賄い当番や掃除当番の合間に仮眠をとり、薪運び・薪ストーブの薪くべなどもしながら、協力して窯を焚きました。
燠(オキ)の量も増え、30日3時(焚き始めてから60時間)で、温度計は1200度を超えました。窯の後方に、温度計をさしているので、焚き口あたりの温度は、温度計の数値より高いと思われます。30日14時頃、全てのオルトンが倒れていた時は(写真3枚目)、皆で喜びました。高温を維持しながら、焚き始めてから114時間となる4月1日9時半、窯を閉じました。
この間、賄いリーダーと当番3~4名で、買い出しと食事準備をし、片づけは老若男女を問わず各自がします。地場の季節の野菜を使った「蕗のとう味噌」や「つくしの卵とじ」も食卓に上り、最終日前日には「伊賀牛のすき焼き」や「たこ焼き」をいただきました。
この写真のカメラマンは、かつて一緒に窯を焚いた児玉大輔さんです。見学に来て、得意の写真を撮ってくださいました。
今回の「穴窯焼成」に、薪割りから集まった仲間は15名、作品の持ち込みと窯焚きの参加者を含めると、総勢40名(うち法人会員13名、一般15名、学生ボランティアさん8名、中学生4名)でした。他に、見学者4名、たくさんの差し入れもありました。
1週間も仕事を休める人も家を空けられる人もいないためでしょう、2回目~5回目までは、私がリーダーを務め、今回も全日参加しました。従って、出入りするメンバーの時間帯に応じた窯当番などのシフト作りと、写真係りをし、人がいっぱいになったら寝ていました。参加した者だけが、参加した分だけの楽しさや発見があるものだと感じています。
3月の活動
書斎の毛氈を引いた机で印稿や挨拶状を書き、もう一つの机で印を刻し、磁土の作品はR工房で作り、穴窯(陶土)の作品は自宅の台所を仕事場にしています。月末に「穴窯の窯詰めと窯焚き」があるため、私の今年の3月の暦は、23日まで!と短く、後半は春休みでしたが、あわただしいひと月でした。
穴窯の作品作りの後は、4月の「遊印展」の印に取り掛かりました。また、奈良女書道部の「春合宿」や「大仏書道大会」の会議もある中、頼まれると断れないのが、筆で書く仕事です。長文の「挨拶状」を、3通書きました。室温が20度以下になると磨った墨のニカワが固まってしまうため、賞状の日付けより小さな文字で、奉書紙に書くのは、修業のようでした。
穴窯に入れる作品
NPO法人「Arts Planet Plan from IGA(伊賀市青山) http://www.appfi.org/」の穴窯焼成の、作品持ち込み日は11日でした。学生ボランティアさんを含め、30名程の仲間の作品が集まりました。
窯に火を入れる時までには乾いてね、と締め切りぎりぎりまで奮闘して作った、水滴や墨床、掛け花入れ、足付きの皿など、今回の穴窯に入れる私の作品の一部です。もっと時間があればもっとたくさんできる、たくさん穴窯に入れたいと思いましたが、年度末の成績処理などと重なって、充分な時間を作陶にあてることができませんでした。
「迦哩迦」のグループ展
山形市にあるギャラリー「迦哩迦 http://www.sam.hi-ho.ne.jp/kalika/ 」の企画展 「暮らしを楽しむ作品展vol.4」は、陶芸・染織・木工・ガラスなど10名の作家さん達とのグループ展です。陶印を依頼され、私は、2年ぶり、2回目の出品をしています。会期は、3月1日(水)~25日(日)まで(月曜・火曜は定休)です。
震災からちょうど1年となるこの度のテーマは、「桜づくしの寄り添う心」とのことでした。東北に想いを寄せた「さくらんぼ」の図象印、桜の図象印をピンクのスタンプで押したものや春の合格を祝う「さくらさく」など16顆と、ひらがなの印66顆を送っています。初日、 好評です、とのお電話をいただきました。この度は出向けませんが、遠い地で見知らぬ人の目に留まれば、幸いです。
2月の活動
季節のよい時は陶芸をし、暑い時は旅行をし、寒い時は篆刻と読書、と思っていた通り・・・、暖かい部屋で、印を刻し、仕事帰りの図書館で、美術書や茶道の本を(読むのではなく)眺めていました。このまま時間が停まればいいのに、と思う至福の時です。陶印は、石印材と違い補刀ができませんから、インクを付けて鏡に映して、印影を確かめています。山形のグループ展のものや個展の折に頼まれた名前などです。合間には、卒業証書を書いていました。
これらの陶印に、R工房で、呉須と鉄の下絵をし、一つ一つ施釉、箱崎先生の作品の隙間に並べ、本焼きです。続いて、赤絵・金彩銀彩や緑の釉薬で絵付けをし、上絵の窯に入れました。
窯出し後、金彩銀彩はペーパーで磨き、印面も軽くペーパーを掛けます。私の陶印は、粘土で形を作る(乾いたら、素焼きをする)・刻す(下絵をして、施釉後、本焼きをする)・絵付け(上絵の窯を焚く)と、それぞれの工程を経て、小さな作品が出来上がります。形も、印影も、絵付けも、3つ共に気に入ったものはなかなか出来ませんが、それぞれ3回も楽しめると思って、制作しています。
「バレンタイン・フェスタ 2012」
奈良学園登美が丘校の、実技系(芸術・技術)の教師による発表会「バレンタイン・フェスタ」は、2月14日(火)~18日(土)まで、今年も行われました。授業では伝えきれない豊かさや楽しさの一端を、毎年工夫して紹介し、生徒達や他の教科の先生方に、興味を深めてもらおうと企画されています。校内のサイエンス・ラボでの作品展示では、ペンギンと指輪の金属加工に私も興味津々、ミニコンサートはお昼休みに毎日行われました。
非常勤で公務のない私の作品が、例年多くのスーペースを占めているので、熱心に見てくれた中学生から、先生暇ね、との感想をもらいました。
1月の活動
15日にあった「初釜」の会場「白水庵」(奈良市)のお庭と、お祝膳です。「白水庵」には、池に面して茶室や書院があり、石組みは、東福寺の方丈庭園などで有名な重森三玲が組んだものだそうです。気持ちも新たに、おめでたい気分でスタートしました。
20日には、「ジャクソン・ポロック」(愛知県美術館)を見に行きました。ポーリング(垂らし込み)のアクションが書の動きと重なって、学生時代から一度は見たいと思っていた「ポロック」です。新しいものを作りだすことのエネルギーにあふれた前衛画家の生き様に、期待以上の感動を覚えました。
関西テレビの特番『天満名言製作所』という番組の裏方で、名言を書く仕事をしました。番組は、実際の工場で撮影され、板東英二さん・お笑い芸人のスマイルさんと天竺鼠さんのトークから、テンポよく飛び出す名言(?)に笑いがおこりましたが、私にはよく意味のわからないものでした。おかまいなしに次々と私が書いたものが、5人の後ろに下げられました。写真は、カメラを持参していなかったので、収録が終わってから、記念に携帯で撮ったものです。
書斎では、「寒中見舞い」を書いていました。春節までにと思いましたが、今年は23日とあって、あわてました。その後、3月と4月のグループ展のための、「陶印」を制作中です。
年のはじめに
年賀状代わりの「寒中お見舞い」です。写真は、昨年10月「飛鳥園」での個展の時のものです。今年は、3月末に仲間と共に「穴窯」を焚き、いくつかグループ展を予定しています。書道を愛好する若者達のための「大仏書道大会」のボランティアも、継続してやらせていただきます。
この年になって、新しく始めることは、武者小路千家のお茶のお稽古です。茶道の世界にふれ、たくさんのことを知りたいと思っています。
元旦は、雪の故郷で迎え、大和文華館(奈良市)で、「一字蓮台法華経」などの美しい写経を見ることから、新年の活動を始めました。写真は、田上惠一恒例の干支の色紙「辰」です。